Kaguyatom

(Explicit)

存在すら怪しくなったけど、概念としてまだ自分の中には残っていて

 

 初体験の話をしたいと思います。僕は今でこそ冴えない大学生ですが、初体験は中学と、かなりマセたガキでした。そこからヤリチンになってヤバい人生を送っていないことに感謝しないといけません。神か、仏か。母や父、または兄弟だったかもしれません。僕が道を踏み外さずに生きてこれた理由は様々あると思います。きっと、あなたもそうでしょう。

 

 さて、今週のお題は「アイドル」です。僕にとってのアイドルは誰か。バスケットマンの僕はコービー・ブライアントと答えるかもしれませんし、ジョー・ジョンソンと答えるかもしれません。プロデューサーとしてならナインス・ワンダーでしょうし、ラッパーとしてならジェイ・ジーやジェイ・コールでしょうか。でも僕が僕として今の人生を歩んでこれたのは、ある女の子の存在があります。彼女は、まさにアイドルのようでした。

 先程も申し上げた通り、初体験は中学でした。あれは14歳の春だったと思います。当時からやっていたバスケットのある大会で声を掛けられ、付き合いだしたのは8月か9月でした。中学生の恋愛なんて、なんとなく付き合うとか、好意を向けられてうれしいからとか、そういったものばかりだろうし、カウントしないものだと思ってますが、中学生ながらも「長続きしそう」だとか「このまま結婚とかも……」なんて考えに至ったのは今も昔も彼女だけでしょう。まさに運命のような、そんな気持ちです。

 お互い自分のこともあり違う学校に通っている男女だったので、会う機会も多くなく、共通の知り合いもいないので2人で遊ぶことばかりでした。当時は恥ずかしくて、紹介してと言われても断っていたし、独占欲みたいなものもあったんでしょう。それでも過ごした時間は楽しい思い出ばかりで、1人で飯を食ってたら声をかけられたのも、呼び出されて告白されたのも、初めてのデートでイタリアンを食べたのも、ショッピングモールからの帰り道にキスをされたことも、何度かお家デートをしたことも、未だに覚えています。

 そんな矢先、僕も誕生日を迎え14才になったころ、彼女から連絡がありました。

「もう会えない」「別れよう」

突然の別れに意味が分からず、とりあえず家に行くとだけ伝えて、携帯だけつかんで家を飛び出しました。途中で寒くなりココアでも買おうかなと思ったけど、財布すら持ってこないくらいに急いでいました。結局寒い中自転車を飛ばし、30分かけて彼女の家の近くの公園に行きました。

「公園にいる」

そうメールしてから5分もしないうちに彼女が現れました。目に涙を浮かべながら。その公園に呼び出され付き合った僕らは、同じ公園で別れようとしています。それは僕がひどい男に思われるような気がして、何とかしたいという思いでいっぱいでした。誰が見ているわけでもないし、親にも兄弟にも秘密にしていたので、誰も知る由はないのに。

 彼女が言うには、親の仕事の都合で4月から海外に行かなくてはいけない、さすがに海外まで離れてしまうと続けられない、とのことで、今思えばそれも口実だったのかもしれません。しかし、「何とかしよう」といった僕も続けるための口実だったし、お互い様です。どちらにしろ、中学生にとっては想像もできないことでした。まさかこんな別れが来るとは思わなかったし、ドラマみたいなこともあるもんだな、「事実は小説よりも奇なり」だな、とか変に冷静に考えていました。その場で別れてしまうことだけは避け、女の子の前ではカッコつけたい僕は、帰り道に立ち漕ぎしながら涙を乾かしたのです。

 それから連絡が来たのはその三日後のことでした。もうすぐいなくなってしまうから、最後に会いたい、という彼女に、いつもの調子で「最後じゃないっしょ」と軽口をたたきながら、自転車を飛ばしました。彼女の家につくと、いつも止まっていたステップワゴンもなく、家族で買い物に行こうとしたが「体調がよくないから」と家に一人に残ったという彼女に、嘘はありませんでした。お互い泣きながら語り合い、そのまま身体を重ねました。これで最後だね、と笑う彼女とのキスは、苦くて甘く、しょっぱかった。

 

 あれからもう何年も経ちます。彼女がどこに行ったのかも、今はどこに住んでいて、どんな生活を送っているのかも、何もわかりません。Facebookなどを使えば簡単に調べられるのでしょうが、最後という言葉に何も言えなかった僕にそんな資格はないような気がして。それでも忘れられないのは、思い出に縋っているからなのかなんなのかわかりませんが、ただ一つ言えるのは、彼女がいなければ今の僕は存在していないということです。

 

 「アイドル」という言葉には、「偶像」という意味があります。偶像というのは、神や仏を形どった崇拝の対象となる像のことを指します。僕の人生において、彼女の存在は崇拝という感情こそ抱かないものの、頭の片隅に、神や仏のように、ある種の概念となって存在しています。別れたあの日から、彼女が何をしていて、どこにいて、どんな人になっているかも全く想像もつきませんし、僕も忘れようとしています。こんな僕を好きになってくれて、尽くしてくれた彼女です。連絡もしないし、向こうから連絡がないのは、興味がないだけだとは思いますが、お互い忘れようとしているからこそできていることなのかもしれない、と思うのは僕の思い上がりでしょうか。

 

 今となっては、存在していたかすらわかりません。

 

 おわり

 

今週のお題「私のアイドル」

 

仏像の基本

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